Vol.1 CIDER SHACK

“街”はどこからどこまで?
~あたまのなかの恵比寿~

August 5th,2022
街はどこからどこまでか...と疑問に思うことは少ないが、いざ考えてみると、はっきり思い描けない。

もちろん、地図上に細かく示される範囲(=行政区分)は存在するが、果たしてそれだけが街なのだろうか。実際は、人々がそれぞれに頭のなかで思い浮かべる「像」があり、それらもひとつの“街”の形なのではないか。

それでは、市井の人々が実際にイメージする恵比寿の範囲は、一体どこまでなのだろう? 人の数だけ恵比寿の範囲があるはず。この記事では、公的に定められた区画とは異なる、ダイナミックな“生きた恵比寿の輪郭”をあぶり出していく。

今回話を聞いたのは、恵比寿と渋谷のちょうど中間あたりに店を構える[CIDER SHACK]に集まるお客さんたちだ。主要施設の情報のみが掲載された地図を渡し、あたまのなかの恵比寿像の範囲を、実際に線で可視化してもらった。

(使用した地図:国土地理院地図を加工して作成)
Text & Edit : Shunpei Narita          Photo : Yuka Ikenoya(YUKAI)          Edit & Design : BAUM LTD.
Text & Edit : Shunpei Narita
Photo : Yuka Ikenoya(YUKAI)
Edit & Design : BAUM LTD.

国内外のこだわりのクラフトビールとサイダー(りんごのお酒)が豊富に取り揃う[CIDER SHACK]。店内でワイワイやるのもよいが、夕暮れ時から外で飲むのも気持ちいい。まずは、テーブルに見立てた大きな樽を囲みながら晩酌を楽しむ2人組にインタビューを敢行。それぞれの頭の中の恵比寿像を尋ねてみた。

上京してはじめて住んだのが恵比寿。
ワクワクしながら歩き回った街の記憶

Case1

ウェディングドレスブランド主宰 30代・女性

あなたにとって恵比寿とは、一体どんな街ですか?

服飾の専門学校に通うために北海道から上京したんですが、はじめて住んだのが恵比寿なんです。高校生の頃から『CUTiE』や『Olive』など、東京発のファッション雑誌をよく読んでいて、憧れの誌面に登場するようなきらきらとしたお店が、(恵比寿には)いたるところにある。そんな印象を持っていました。当時住んでいた家の近くには、雑貨ブームを牽引した[F.O.B COOP]をはじめ、ワクワクするお店がたくさんあって。ひとり暮らしの寂しさはありつつ、ぐるぐると近所を散歩するのが刺激的で楽しかった。若い頃って時間とエネルギーがたくさんあるから、不思議と歩けちゃうじゃないですか? 恵比寿駅のすぐそばに住んでいたこともあり、駅から歩いて行ける範囲というのが、私の恵比寿のイメージですね。

自身がよく歩いたという記憶を思い返しながら、恵比寿だと思う範囲を緑色の線で囲んでくれた。

今回引いてもらった線には広尾や西麻布方面も含まれていて、恵比寿の街を広範にとらえている印象を受けました。恵比寿に含まれると判断した理由は、この辺りもよく歩いていたということでしょうか?

そうですね。広尾駅は使える路線がメトロの日比谷線だけなので、用事がある際には恵比寿駅から歩いて向かっちゃうことも多いです。また、西麻布も以前住んでいたのですが、「西麻布駅」っていうのはないじゃないですか。どこかの駅から歩かないといけないので、よく恵比寿から歩いていたんですよ。当時を振り返ると、とにかくたくさん歩いていますね(笑)。楽しい思い出はもちろん、悲しい思い出もある青春の街。そんな過去をふとした瞬間に感じつつ、お酒を飲んだり、近くのギャラリーで友人の展示を見たりと、気持ちのいい時間を過ごしています。


濃いカルチャーも、富士そばもある

Case2

コスメブランド勤務 30代・男性

恵比寿にはよくいらっしゃるんですか?

恵比寿は以前からよく来ますね。隣接するエリアも、それぞれにキャラクターの濃い街で好きです。代官山は、[蔦屋書店]を主体とした文化圏が広がっている印象で、中目黒は松浦弥太郎さんが手掛ける[COW BOOKS]など、山手の内側とは少し異なるセンスの個人商店が点在しているイメージです。渋谷や麻布は、バンド「はっぴいえんど」の名盤『風街ろまん』的な歌詞世界でしょうか。作曲家の松本隆さんが青春を過ごし「風街」と呼び愛した、古き良き東京の風情です。恵比寿は、隣接する街のニュアンスを、ちょうどいい塩梅で持ち合わせているように思います。

[蔦屋書店]や[COW BOOKS]など、現在の生活文化における重要な場所と、過去の都市の空気感がシンクロしつつ、ひとつのイメージを形成しているのがユニークですね。

そうかもしれません(笑)。あとはやはりガーデンプレイスも、象徴的な場所だなと思います。20代の頃に触れたカルチャーの多くを、ここで教わりましたから。写真美術館で見たゲルハルト・リヒターのグループ展は今でも印象に残っていますし、[恵比寿ガーデンシネマ(※現在休館中、2022年冬再開予定)]にも頻繁に通っていましたね。

「恵比寿といえば、[リキッドルーム]も外せない」。駅から数分、音楽好きなら誰しも足を運ぶ都市型のライブハウスから、印象深いというガーデンプレイスまでをぐるりと。コンパクトな恵比寿像を地図上に残してくれた。

また恵比寿というと「飲食店が多い」印象もあります。今日は代官山を散策していたのですが、軽く一杯やれるお店って(代官山には)あまり多くないので、美味しいお酒を求めて、このあたりまで歩いてきました。

恵比寿って洗練された街ですけど、それだけに限らないカジュアルな一面もありますよね。

数年前は仕事で恵比寿勤務だったので、駅前の「富士そば」には大変お世話になっていました(笑)。カツ丼と蕎麦のセットに助けられていました。まさにオアシスですよね。今日来たお店(CIDER SHACK)も、気負わずに入れる寛容さが良い。そういう大らかな空気が街に流れているのも、恵比寿がお気に入りの理由かもしれません。


犬と一緒に過ごすのにぴったりな街

Case3

会社員 40代・男性/主婦 40代・女性

[CIDER SHACK]は渋谷と恵比寿の境目くらいですが、今日はどちらの駅からいらっしゃったんですか?

恵比寿からです。渋谷ってJRも地下鉄もたくさん出口があって、ちょっとわかりにくいじゃないですか。今日は犬と一緒に来たんですけど、電車を降りてから屋外に出るまで距離があるので、(渋谷だと)若干不便なんです。そういう意味でも恵比寿は都合が良くて。大きいターミナル駅だけど、すっと外に出ることができるから。リードで繋いだ犬も、すぐに歩き出せるんです。

恵比寿駅とガーデンプレイスをつなぐ動く歩道「スカイウォーク」から、ガーデンプレイスの近辺まで。ふたりにとってガーデンプレイスは愛犬と一緒に過ごせる、お気に入りスポットのよう。

線で囲ってもらった範囲は、すごくコンパクトな範囲だなという印象を受けました。

恵比寿というとやっぱり、ガーデンプレイスの印象が強いですね。あとは、近くにはおしゃれなビアバーだったり、リノベーションされた個性的な飲食店もポツポツとあって。一見入りにくい雰囲気のお店もありますが、勇気を出して踏み出せば、お客さんも気さくで犬にも歓迎ムードだったりする。とってもありがたいです。

普段から犬と一緒にお出かけされることが多いのですか?

はい。ギズモ(耳が大きい犬種ゆえ、映画「グレムリン」よりギズモと命名)と一緒のことが多いです。

ギズモも、歩きやすくて、気持ちのいい街だと思っているかもしれないですね。

ギズモも、恵比寿の街にご満悦の表情を浮かべている?

隣接エリアとの雰囲気の違いから、
逆説的に恵比寿を認識する

Case4

IT系 30代・男性

恵比寿に対してはどんなイメージを抱いていますか。

ビールのTシャツを着ているので気づいているかもしれませんが、僕はお酒を飲むのが大好きなので(笑)。恵比寿は飲兵衛に優しい街というイメージです。ハシゴすることも多いし、酔い覚まし的に数駅散歩するのも好きですね。

散歩をしている際に、街と街の境目を感じることはありますか?

たとえば新宿から池袋に歩いている時に、ふと「なんだか豊島区っぽくなってきたな」と感じることがあります。その理由を言語化するのは難しいのですが、敢えて言うなら、なんだろうなぁ…。まずは空の広さかもしれません。都心と呼ばれる場所ほど、高層ビルが多くて空が小さい。もう一つは建物の幅と、どういう種類のお店があるか。これらの要素が複合的に混ざり、それぞれの街のカラーを決定づけている気がします。

それでは恵比寿と他のエリアの違いも含めて、あなたにとっての恵比寿はどこまでか? 改めて教えてください。

恵比寿駅を中心に線を引くのではなく、それぞれの街との境界となる「点」をマークしてくれた。広尾方面はあまり行く機会が少ないということでマークをしていない。

恵比寿駅から他のエリアに向かう際に、「あ、街が変わったな」と直感的に感じる場所をマークしてみました。恵比寿から目黒に向かう時には、ガーデンプレイスを過ぎたあたりで「目黒っぽいな」と思うし、明治通りを渋谷へ歩いていて、遠目に見える[渋谷ストリーム]の存在感が増してくると「渋谷だな」と感じます。代官山は高級住宅街のイメージだから、恵比寿駅から離れて雑多な気配が少なくなると、「そろそろ代官山か」と意識します。
やっぱり街を歩いていて、雰囲気が変わったな、という感覚を抱くことは多いです。隣接するエリアとの違いを通して、逆説的に恵比寿の範囲を認識しているのかもしれません。


裏道散策して迷っても、
大通りに出ればなんとかなる

Case5

デザイン会社勤務 30代・女性

今日は会社のメンバーと飲み会なんですよね。一番恵比寿に詳しいということで推薦されてお話しされることになりましたが、自信はいかがでしょう?

前は会社が恵比寿だったので、よく来ていたんですけど、いざ、どこまでかって聞かれると難しいですね。試されてるなコレ。うわ、めっちゃムズい…!とりあえず線を引いてみますね。え〜っと、こんな感じかなぁ。

「わからない!難しい!」と謙遜しつつも、一筆書きで勢いよく、頭の中の恵比寿を囲ってくれた。果たしてその心は?

他の方よりも、広範な恵比寿像な気がします。代官山や中目黒方向に膨らんでいるのも印象的です。

自分が恵比寿だと思って行動しているゾーンを囲ってみました。前は埼京線ユーザーだったので、恵比寿駅はよく利用していて。代官山も乗り換えが面倒だから、歩いて行くことが多いのですが、[蔦屋]の手前くらいまでは恵比寿という印象ですかね。渋谷との境目は、並木橋くらいまでかなぁ。この辺りまでは、こざっぱりしているので恵比寿という印象です。あとは、ガーデンプレイスも外せないですよね。ビール大好きだし。

恵比寿には飲みにいらっしゃることが多いんですか?

はい。飲み屋がたくさんあるから、恵比寿が好きです(笑)。メイン通りには洒落たお店が多いですけど、一本路地に入ったところにこそ、魅力的なお店がたくさんある。Googleマップとかも基本的に見ないので、街を散歩している時には、迷ってしまうことも多いのですが…。それはそれで楽しいんです。大通りにさえ出れば、なんとかなるか!という気概で、あてもなく街を散策する。そういう少しダメなノリも受け入れてくれる懐の深さが、恵比寿にはある気がしますね。


集積することでいつしかその街の存在感をかたちづくっているかもしれない、さまざまな人の「あたまのなかの街」。今回は、[CIDER SHACK]に来ている複数名に「その人にとっての恵比寿の像」を教えてもらったが、範囲も大きさも線を引く理由も、それぞれに全く異なった。興味深かったのは、どうやら恵比寿の範囲のみでなく、そもそも何を「街」とするかもさまざまであること。

そんな理由で、今回描いてもらった地図には、行政区分におけるそれとは完全に異なる、大胆で、自由な街のイメージが並んでいた。

そこには、うっすらと“生きた恵比寿の輪郭”が見えている。別の場所でインタビューをしたら、果たしてどんな恵比寿が出てくるのだろうか…。今後もリサーチを続ける予定なので、乞うご期待!

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