帰りの一皿 Vol.1

うまくいった日の乾杯に
「たつや 駅前店」

January 27th,2023
仕事が終わったあと、ちょっと寄り道をして腹ごしらえをしたくなることはないだろうか。目的はひとりの気分転換や、同僚や友だちとの集まりなどそれぞれだったとしても、仕事帰りにどこかに寄って食べて帰る特別感は、多くの人が経験しているだろう。

「帰りの一皿」では、恵比寿に勤めるワーカーが、どんな時に、どんな気持ちで”あの味”を求めて店に立ち寄るのかを知るべく、各回一人の人物の帰り道を追っていく…

Vol.1に登場いただくのは、恵比寿の建築設計事務所で働くAさんだ。
Aさんが恵比寿に勤めるのは11年目。大学院時代にフランスの設計事務所でインターンとして修行した時期を経て、今の会社で勤め始めた。現在は出身の埼玉県でも建築設計や施工に携わっていることもあり、埼玉県にある自宅から電車で40分ほどかけて恵比寿まで通っている。

数多の飲食店が立ち並び、気がつくと新しいお店ができていたり、かと思えば親しみのあったお店がいつの間にか閉店していたりすることも珍しくない恵比寿。そんななか、40年以上変わらず恵比寿駅前で赤提灯を掲げ続けているのが、Aさん行きつけの焼きとり屋「たつや 駅前店」である。(以下、「たつや」と表記。)
Text : Atsumi Mizuno          Photo : TADA         Edit & Design : BAUM LTD.
Text : Atsumi Mizuno
Photo : TADA
Edit & Design : BAUM LTD.

Aさんが会社から「たつや」へ向かうとき、気がちょっぴり急いて、足取りも自然と速くなる。

Aさん 「たつや」に来るときに真っ先に考えることは、「席は空いてるかな?」です。予約ができないから、そわそわした気持ちになります。できるだけ早く着きたい、空いていて欲しい!って思いながら移動しています(笑)

恵比寿駅から徒歩2分の立地で、開店以来、常連さんを中心とした多くの人々に愛され続けてきた「たつや」。平日休日問わず、あっという間に席が埋まる。しかし予約はできないので、仕事を早めに切り上げられる日に足を運ぶのがAさんのお決まりだ。

「たつや 駅前店」には、実は地下にも座席があり、その人気ぶりがうかがえる。

Aさんは、「たつや」には仕事仲間と連れ立って来ることが多い。もちろんひとりで来て、1、2杯飲んで帰路につくこともあるが、大抵は仕事のプロジェクトが一区切りついたときなどに、軽い打ち上げ気分で訪れる。

Aさん「よし、今日は18時で上がって飲むぞ!」と思って来ることが多いですね。仕事関係の人と「お疲れさま」というノリで、あまり緊張感なく飲める場をつくりたいときに、よく来ます。

例えば、会社の若いメンバーと飲みに行くとき。静かでちょっと気を遣うような店に連れていくよりは、こういうにぎやかなところの方がみんな気楽に飲めるだろうと思うんです。

「たつや」に来る予定の日は、16時くらいからここに来ることを考えてます(笑)

「たつや」には、プロジェクトがうまくいって一区切りついた日に、早い時間から来ることが多い。必然的に気分もポジティブなことが多く、お酒が進むそうだ。

席へ案内されると、普段から最初に頼むというガツ刺しともつ煮豆腐、生ビールを迷わず注文するさまは手慣れている。

Aさん「たつや」には、以前は月に1度くらいの頻度で来ていました。コロナの流行と埼玉県への引っ越しが主な理由で、一時期は来る機会が減ってしまったんですが、ここ最近はまた飲む機会が増えています。

お客さんの絶えない店内では、店員さんが手際良く注文を受けて捌いていく。

ビールを片手に話に夢中になっていると、間もなくテーブルにはガツ刺しともつ煮豆腐が置かれた。

Aさん ガツ刺しは優しい味なんですけど、からしがいい刺激なんですよ。めちゃくちゃ辛い。「つん」と来るのがビールに合って、あとは初めはさっぱりめに野菜も食べたいので、もつ煮豆腐とあわせていつもここからスタートします。

もつ煮豆腐には、七味をかけるのもおすすめ。

「あー、終わった!」という気分で1杯目を飲む気持ちに寄り添ってくれるものとしては、ガツ刺しともつ煮豆腐は最適。すごく幸せな気持ちになります。

お店で練られている粉のからしは、ちょっと辛めで酸味も効いていて、さっぱりしたガツ刺しとよくあう。

もともとは、「たつや」の近くにあったアジア料理店に通っていたというAさん。その道中に、昼間から開いている「たつや」を見つけたのが始まりだった。

Aさん「こんなところに、昼からやってる居酒屋さんがあるんだ」と興味を持ったのが最初です。その頃、後輩や友達と頻繁に飲みに行っていたので、そのなかで自然と「たつや」にも来るようになりました。

恵比寿ガーデンプレイスやアトレをはじめとする商業施設が立ち並び、華やかでおしゃれなイメージも強い恵比寿。一方、駅で電車を降りて街中を歩いてみると、住宅地や昔ながらの商店も多く目に入り、その土地で暮らしてきた人々の生活の息づかいを感じられる。

Aさん 個人的には、恵比寿は二面性がある街じゃないかと思っていて。週末には華やかなイメージに惹かれて外から人がやって来る、よそ行きの街という側面もあるんですが、そこに住んでいる人や働いている人にとってすごく居心地のいいローカルな側面もある。
だから僕は、気分によってモードチェンジして楽しめるところが、恵比寿のいいところかなと思ってます。

お店の歴史を感じるレトロな雰囲気の店内。卓上のメニューに書かれていないものもあり、つい目移りしてしまう。
串物はしいたけや銀杏、ししとうのほか、ハツやタンはお決まりで頼むそう。「お得な盛り合わせもあるけど、好きなものをピンポイントで頼むことが多いです」と語るAさん。

恵比寿は、代官山や渋谷と隣接する。それら土地の影響もあって、常に新しい刺激に触れられる一方で、渋谷のような街と比べると、新しいものが入ってくる更新性はゆるやかで、古きよき風情や、その土地に昔から根付いている地域性も感じられる。

土地に根付いて暮らす人と、外から訪れる人が交差する街。そんな恵比寿で何十年と続いている「たつや」は、地元の常連さんに愛され、店内はいつもにぎわっている。

Aさん お店がいつもすごく混むので、何人で来るかによって通される席が違うんですが、個人的には隅の席が落ち着きますね(笑) 隅っこから、みんなが楽しそうにしているのを見ながら飲むのが好きなんです。

自分の価値観が固まらないように、異なる環境や場所を移動しながら働きたいと思っていたAさん。埼玉に拠点を置きつつ、恵比寿のように複数の風情が入り混じる街で働く今のスタイルは理想に近いと感じている。

そろそろ帰る時間も近くなってきた頃、Aさんが最後にとある一品を頼んだ。

Aさん 他のお店だと頼まないけど、なんとなくここだとハムカツを食べたいなっていう気分になるんです。学生時代によく僕がハムカツを頼んでいたお店がひとつだけあるんですが、「たつや」のハムカツは、そこのハムカツの味に少し似ていて。

だから、初めは健康志向でさっぱりしたものを頼んでも、酔っぱらってくるとつい懐かしさを味わいたくなって頼んじゃうんですよね。健康のためのリミッターが、結局どこかで壊れちゃうんです(笑)

厚切りのハムを衣で包んで揚げたハムカツは、さっくりジューシーで素朴な味わい。

ひとしきり飲んで食べて満たされたところで、店員さんの明るい声を背に「たつや」の外へ出る。目に入るのは、飲食店が立ち並ぶ路地の夜に煌々と光る赤い提灯。その光を横目に、若い女性が入れ替わるようにふたり連れ立って店内へと入っていく。

店内のにぎわいは、絶えない。

Aさん いい気分で酔っちゃうので、「たつや」から帰るときにいつも何を考えているのかあんまり覚えてないんです(笑)でも基本的には、満足感があってすごくいい気分。明日から、「もっと頑張ってやろう」という気持ちになります。

満たされた表情で駅へ向かうAさんを照らすのは、「たつや」の赤提灯。飲食店の入れ替わりが激しい恵比寿の街で、ほっと一息つける場所として、今日も変わらないその明かりを灯し続けている。


<たつや 駅前店>

メニューがそろうのは夕方からなので、17時以降に訪れるのがおすすめとのことだが、朝8時から営業している「たつや」には、夜勤明けの看護師さんやタクシーの運転手さんなど、朝早くからお客さんがやってくる。昔から何十年と通っている常連さんも多く、「居酒屋さんは、おいしいとか値段が安いだけじゃなく、会話だったりコミュニケーションだったり、血が通った人を惹きつけるもんがないとね」という創業者の佐藤正光さんの心意気が根付いている。そのにぎわいは、長年の常連さんも初めて訪れる人も、あたたかく受け入れてくれる。

営業時間
月~木曜 8:00 ~23:00 (LO 22:00) 
金曜、土曜 8:00〜翌4:00(LO 3:00) 
日曜、祝日8:00 ~ 22:00 (LO 21:00)
年末年始休
※ 営業時間は変動する可能性がありますので、最新の情報はご来店時にご確認ください。

住所
東京都渋谷区恵比寿南1-8-1 STM恵比寿ビル
JR恵比寿駅より徒歩2分

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