まなびのまち Vol.1

恵比寿の音楽教室「ジャックと音楽の木」で脳と身体を活性化し、豊かな表現力を育む「ダルクローズ・リトミック」をまなぶ。

May 24th,2024
カフェやレストランなど、飲食店が多いイメージがある恵比寿のまちですが、実は学校や習い事といったまなびの場が多いまちでもあります。新企画「まなびのまち」では、恵比寿のまちで新たな自分に出会えるまなびや、豊かな表現力を身につけるまなびを提供している場所や人にフォーカス。まなびの内容をはじめ、なぜ恵比寿を選んだのか、恵比寿でまなぶことの意義、通われている生徒がどんなまなびを得て日々の生活に活かしているかなどを伺います。 第一回目にご紹介するのは、音楽教室「ジャックと音楽の木」。スイスの作曲家で音楽教育家のエミール・ジャック=ダルクローズが唱える教育原理に基づいたまなびを提供しているこちらでは、こどもからシニアまで幅広い層に向けたリトミックやリトミックを発達支援に応用したプログラムなどが充実。編集スタッフによる体験レポートとともに、代表の田中素子さんにもお話を伺います。
 Text : Izumi Kohno Photo : Yuka Ikenoya (YUKAI) Edit & Design : BAUM LTD.
Text : Izumi Kohno Photo : Yuka Ikenoya (YUKAI) Edit & Design : BAUM LTD.

リトミックの源「ダルクローズ・リトミック」とは?

「リトミック」と聞くと、「小さな子どもが音楽に合わせて身体を動かして表現力を養う音楽教育でしょ」と思うかもしれません。確かに、世の中には乳幼児を対象としたリトミック教室がたくさんあります。しかし、リトミックは子どものためだけではないと知っていますか?

リトミックは、スイスの音楽家 エミール・ジャック=ダルクローズ(1865年~1950年)が考案した、音楽と動きを通してそれぞれの人が持っている可能性を引き出すメソッド(方法)です。1925年頃、ドイツの音楽学校でダルクローズ理論が採用されたことがきっかけで、世界的に広まったと言われています。

ダルクローズ・リトミックは、全身を使って音楽を動きで表現するリトミックと、音楽を聴く耳を育てるソルフェージュ、それらをもとにつくりだす即興の3本柱が特徴です。音楽理解を深めるのはもちろんのこと、様々な音楽やリズムの変化に合わせてみんなで楽しく身体を動かしたり歌ったりすることで、身体と心と脳の健康に効果的だと考えられています。

音楽教室「ジャックと音楽の木」は恵比寿駅から徒歩5分ほどのマンションの1階で運営している。

エミール・ジャック=ダルクローズが唱える教育原理に基づいた音楽教室が恵比寿に

「動きを通じて音楽の諸概念を身に付けることにより、音楽表現に関する一貫した自然な感覚を得て、身体そのものをよく調律された楽器へと変えることが、確かで鮮やかな音楽の基礎を身につけるのに最も適している」というダルクローズの教育原理に基づいて運営をされているのが、恵比寿南にあるリトミック・ピアノ音楽教室「ジャックと音楽の木」

楽譜や鍵盤上の視覚優先の訓練ではなく、身体を動かしたり歌ったりすることによって五感と身体と脳を結びつけて音楽感覚を養うのがこの教室のコンセプトです。ダルクローズ国際免許保持者を中心に、経験豊かな指導者が、小さなお子様からシニアの方々まで、幅広い層に教えています。

近年、ダルクローズ・リトミックがご高齢の方の歩行バランスの改善や転倒予防、脳の活性化に効果があると医学的にも証明され、シニア層からも高い注目を集めています。「ジャックと音楽の木」にも多くのシニアの方が通われ、確かな効果を感じていらっしゃいます。今回、編集スタッフがシニアクラスを実際に体験。ダルクローズ・リトミックの魅力に迫りました。

身体を動かしたり、歌ったり。マルチタスクで脳が活性化!

お邪魔したのは、60歳以上の方を対象としたシニアクラス。60代、70代のみなさんと一緒に、レッスンを受講しました。まずは座ったまま、音楽に合わせて身体を動かします。先生がピアノで奏でる即興演奏に合わせて、リズムを刻みながら腕を動かしたり、足を動かしたり。音楽を聴きながら、それに合わせて身体を動かすというマルチタスクがすでに始まっています。

体験では最初にダルクローズリトミックの効果などについて教えていただく。

統括講師の中明佳代さん。国立音楽大学(リトミック)卒業。ジャック=ダルクローズ音楽院(スイス・ジュネーヴ)、ジュネーヴ音楽院(作曲)卒業。国立音楽大学非常勤講師。日本シニアのためのダルクローズリトミック研究会代表。日本ジャック=ダルクローズ協会理事。ダルクローズ・リトミック国際ディプロマ取得。

その後も、音楽に合わせてボールを持って歩き、フレーズの終わりでボールを他の人に手渡したり、歌を歌いながらタイミングを合わせて隣の人と手を合わせたりなど、音楽を聴きながら別の動作を行うという複数の情報処理能力が求められるワークが次々に繰り広げられました。

少し汗ばむくらいの運動量なのですが、とにかく楽しい! というのが感想です。参加されている誰もが笑顔で、時に大笑いしながら、身体を動かしているのが印象的でした。

この日は「春の小川」がテーマ曲。歌を口ずさみながらボールをついたり交換したり、誰もが知っている音楽を取り入れながらレッスンが行われる。

リズムに合わせてハイタッチ!タイミングが合う嬉しさもあいまって、終始笑顔が絶えない教室。

子どもたちは音楽の感覚・感性を磨き、高齢者は心身ともに健康になれる場所

―まずは今回体験させていただいたシニアクラスについて教えてください。

中明 シニアリトミックのクラスを始めて7年が経ちました。シニアクラスは60歳以上の方を対象としていますが、75歳の3名の方が、開設当初から通ってくださっています。ダルクローズ・リトミックを続けたことにより、7年前はできなかったことができるようになる、という現実も目の当たりにしています。高齢者の方たちがより進化できるレッスンの提供をいつも考えています。

田中 60代、70代と歳を重ねていくなかで、前よりもできるようになることって、少なくなっていくじゃないですか。そんな中で、できるようになることがあるというのは、シニアの方たちにとって、とても嬉しいことだと思います。コロナ禍で、シニアクラスは2年間休講を余儀なくされ、その間に認知症が進んでしまったり、足腰が弱くなったりで、何名かは教室まで通えなくなってしまいました。その後レッスンを再開し、戻ってこられた方が今の受講者さんたちです。

「ジャックと音楽の木」代表の田中素子さん。武蔵野音楽大学(ピアノ)卒業。合同会社TiSEg CEO。恵比寿・代々木リトミック・ピアノ音楽教室「ジャックと音楽の木」、代々木アフタースクール「Creo BOX」代表。日本ジャック=ダルクローズ協会会員。

中明 身体を鍛えるだけであればジムもありますし、認知症予防であればほかにも方法があると思います。でも、音楽の中で、身体も使って頭も使ってというのはなかなかないんです。1時間動きっぱなしって、結構きついと思うのですが、それでもそこに音楽があることで、みなさん、楽しくて笑顔があふれるのです。

田中 レッスン中は、周りの人とも触れ合ったり、一緒に身体を動かしたりしますので、初めて体験される方は少し戸惑われるかもしません。でも、1時間もすればみんな自然と会話が弾み、全身で表現しようと試みるようになります。音楽のおかげで初対面の人とも仲良くなり、仲間と一緒に達成感を味わえているのだと思います。そして何より、音楽を聴いて身体を動かすというマルチタスクが高齢者に非常に有効なのです。

中明 高齢者は、姿勢の変化や身体機能の衰え、脳機能の衰えなど、様々な要因で歩行が乱れやすく、転倒を引き起こしやすくなっています。転倒がきっかけで入院したり、寝たきりになったり、車いす生活になったりと、要介護の状態になってしまうことが非常に多く、そのような事態を防ぐためにも、日頃から転倒しにくい状態を作ることが大切です。

―「ジャックと音楽の木」にはほかにどんなクラスがあるのか教えてください。

田中 親子でダルクローズ・リトミックを楽しむ乳幼児クラス、幼稚園年少学年~小学生までのダルクローズ・リトミッククラス、発達支援にリトミックを応用したクラスや、リトミックやソルフェージュを取り入れて、総合的な音楽感覚とピアノ技術の習得を目指すピアノ個人レッスン、おとなのためのピアノレッスン、そしてダルクローズ・リトミックのメソッドと指導法を学ぶ音楽家・指導者クラスを展開しています。生徒数は現在、約120名です。

―どのような方が、どのような理由で通われているのでしょうか?

田中 お子様の場合は、音楽教育として、またはその導入として通われているケースが多いですね。発達障害のお子様向けのレッスンでは、リトミックが感覚の統合を促すため、発達支援として効果的だと言われています。大人のピアノクラスは、純粋にピアノを習いたいという方がほとんどです。そこにもリトミックの要素を取り入れているので、リズムであったり、拍子であったりを、感覚的に学んでいただけます。技術的なことよりも、まずは、音楽を好きだという気持ちを育むことが大切です。その上で、こんな風に演奏したい、表現したいという気持ちが生まれてきます。最初に音楽を好きになれるのがリトミックの良いところです。

指導者クラスには、全国各地から約30名の方が通ってくださっていて、ダルクローズ・リトミック国際免許取得を目指している方も多くいらっしゃいます。シニアクラスに通っていただいている方は、心身ともに健康でありたいという目的で通われます。音楽に合わせて楽しく笑いながら、動きや声を使ってマルチタスク(複数の事を同時に行なうこと)をたくさん行うことは、高齢者の歩行の改善や転倒予防、脳の活性化にも有効であると注目されています。特に歩行改善効果が高く、ジュネーヴ(スイス)では保険認定され、米国医師学会でも発表されている音楽ワークなんです。

―「ジャックと音楽の木」設立のきっかけを教えてください。

田中 私自身、子どもの頃から教育に関心がありました。「今、これをやりたいのに、どうしてそれを我慢して、みんなと同じ決められた事をしなくてはいけないの?」という想いを抱いたこともありました。型にはめられる教育に疑問を感じていたんですね。音楽大学に入学して、音楽幼児教育を学ぶ中でシュタイナー教育に出会いました。シュタイナーも実は、ダルクローズの影響を受けていたといわれています。そこで子どもの成長や発達段階に合わせた教育が大切だということを学んで教育畑に入ったのですが、ピアノ指導でそれを以て子どもに教えるのは難しいと感じるようになりました。そして一旦は教育の道を諦めてしまったのですが、想いは捨てきれずにいました。自分は何をしたいのかなと、悩んだときに、ふと頭に浮かんだ“絵”が、たくさんの子どもたちに囲まれてピアノを弾いているものだったのです。そうしてリトミックに出会い、さらにダルクローズ・リトミックの存在を知り、「私が伝えていきたいことはこれだ!」と、感じるようになりました。

ダルクローズ・リトミックを教えるには国際免許が必要です。これがかなり大変で、当時、ほかの仕事をしながら免許取得に向けた勉強に励んでいました。取得まであと一息という時に、友人に、「このメソッドは素晴らしいけれど、教育に関心の高い地域で誰も展開していない。それでは広まらないよ。」と言われ、「私の役目は先生になることではなく、優秀な先生方を集め、教育に関心の高いエリアにもメソッドを広めていくことかもしれない」と思ったのです。その後、方向転換し、恵比寿に教室を構えることにしました。

―なぜ、恵比寿に教室を作ろうと思われたのでしょうか?

田中 恵比寿は、住む場所としても人気ですが、商業地域としても人気があるのが特徴です。この場所に訪れる人たちにとって嬉しい街ですよね。レッスンに行ってご飯食べて帰ろうとか、子どもがレッスンを受けている間にお茶しようとか、お買い物しようとか、そういう気持ちになれる場所だと思います。そういうワクワクできる場所に教室があれば、みんな集まるのではと思い、まずは物件を押さえました。そこから先生を探したのです。

―そこで白羽の矢がたったのが、中明先生だったのですね

田中 どなたにお願いしようかと考えたときに、ダルクローズ・リトミック国際ディプロマを持つ中明先生のことが思い浮かび、すぐに連絡を取りました。先生はジュネーヴで7年間学ばれていたので、そうした知識や経験をもとにぜひ力を貸してほしいとお声をかけたのです。

中明 当時、国立音大やその他の場所では教えていたのですが、子どもが小さかったので、あまり積極的に活動をしていませんでした。ですが、お声がけをいただき、悩んだ末、お引き受けすることにしました。私自身はここがきっかけとなり、シニア向けの指導をもう少し研究してみようと研究会も立ち上げ、今はシニアリトミックを日本で確立させていくための活動にも力を入れています。これからさらに高齢化社会になる中で、ぜひ、多くの人にダルクローズ・リトミックの素晴らしさを知ってもらいたいと思っています。

―教室を立ち上げて、それからどのように運営されたのでしょうか。

田中 生徒募集はほぼ、SNSを通じて行いました。最初の頃は、主に音楽家の方が、ダルクローズ・リトミックを受けさせたいとお子さまを連れてきてくださいました。遠くから電車で来てくださる方が多かったので、コロナ禍で移動が難しくなり、入れ替わるように地元の方が増えた印象です。緊急事態宣言のときは休講しましたが、それ以外の時期は子どものクラスは人数制限したり環境を整えたりしながら開講していました。コロナ禍で子どもをどこにも連れていけない、という時期でしたので、習い事の需要は高かったです。

―ダルクローズ・リトミックが子どもたちにもたらす影響にはどのようなものがあるのでしょうか。

田中 こうしなさい、ああしなさい、と言われることが多い中で、自分で考えることが習慣になるのは大きいと思います。音楽に合わせて身体を自由に動かすリトミックを通して、子どもたちはイマジネーションを広げていきます。自分のアイディアを表現できる場であり、お友だちのアイディアも受け入れていける場だと思います。

今の子どもたちを見ていると、自分で考える前に「何が正解なの?」「答えは何?」と、すぐに正解を聞く子が少なくないと感じます。AI時代、正解を導き出すだけでしたら、コンピュータの方が早いですよね。とすると、これからの時代を生きる子どもたちに必要なのは、新しいアイディアや価値を、自ら生み出す力を身に付けることではないでしょうか。

子どもたちはクリエイティブですし、イマジネーションにあふれています。ダルクローズ・リトミックでは、それをさらに引き出していけると思っています。その他に、今日も試していただきましたが、音楽を聴きながら教室内を自由に歩くとか、音楽が止まったら動きを止めるなどの活動を通して、空間認知力、リズム感なども養っていきます。フレーズを感じた歌い方も自然に身に付いていきます。

リトミックがベースにある子どもたちは、将来、何か楽器を演奏するときに、森の中にいるような感じで、風になって、などのイメージを、身体感覚を伴って表現することができるのです。ダルクローズ・リトミックはもともと、作曲や演奏をするための知識や技術(テクニック)だけではなく、根幹となるセンス(音楽感覚、感性)を磨くためのメソッドとして、音楽を専門で学ぶ学生のためにつくられたものでした。なので、小さな子どもだけでなく、子どもから大人まで、アマチュアからプロフェッショナルまで、音楽を学ぶすべての人にとって必要なものだと思います。

―教室名「ジャックと音楽の木」に込めた想いを聞かせてください。

田中 「ジャック」はエミール・ジャック=ダルクローズの名前からいただきました。「ダルクローズ・リトミックにこだわっていきます」という意思表明です。また、一般の方から見ると、ジャックと豆の木の童話のようにぐんぐんと成長していくイメージも持てますよね。ジャックと音楽の木に通ってくださるみなさんが、音楽とともに成長してほしいという願いを込めています。ぜひ、たくさんの人にダルクローズ・リトミックのことを知っていただき、触れていただきたいと思っています。

―今後の目標を教えてください。

現在、恵比寿と代々木に音楽教室を展開するほか、代々木でアフタースクール「Creo BOX」を運営しています。そこでは、小学生を対象に、アート、ダンス、音楽、サイエンスなどのクリエイティブなワークをしており、「みんなで考え、みんなでつくる」をテーマに活動しています。それぞれの専門家の先生と一緒に、子どもたちが安心して創造できる環境作りに力を入れています。

ジャックと音楽の木もCreo BOXも、高い専門性と本質的な教育観を持ち、コミュニケーション能力の高い先生に指導をお願いしています。みんながみんな、音楽が得意なお子様ばかりじゃないですよね。ですので、音楽以外の分野でも同じ志を持っている先生方と一緒に、多面的なアプローチで子どもたちの創造性を引き出し、導いていきたいと考えています。そして、ゆくゆくは、ジャックと音楽の木とCreo BOXを統合して、より総合的なクリエイティブスクールとして、あらゆる世代に、楽しくて本質的な教育を提供できる場をつくっていきたいです。

***

いかがでしたか?これまで、リトミックという言葉はなんとなく知った気になっていましたが、エミール・ジャック=ダルクローズのこと、教育原理のこと、子どもから年配の方まですべての層に効果的な音楽教育であることを初めて知り、大きなまなびを得た体験取材でした。日常の中で音楽と距離ができてしまっていることにも気づき、音楽を楽しみながら身体を動かすこと、ピアノが上手くなりたい!など、いろいろとやりたかったことを思い出すことができたので、次回は子どもと一緒に再訪したいと思います。

ジャックと音楽の木ー恵比寿・代々木 リトミック・ピアノ音楽教室ー

住所:渋谷区恵比寿南3-10-14-104
TEL:03-6876-6472

https://jaques-musictree.com/


More