趣味と恵比寿:建築散歩 Vol.2

「日仏会館」(総合設計事務所・日本設計)【後編】

December 18th,2023
「趣味と恵比寿<建築散歩>」は、恵比寿の街中にある名建築を巡り、街の魅力を建築という視点から捉え直す企画です。どんなオーナーがどんな建築家に依頼し、どのような意図や想いを持って建てられたのか。そんなことを深く知ると、ふだん何気なく見ている街並みが急に色鮮やかに見えることがあります。

第2回は、恵比寿ガーデンプレイスの斜向かいにある、日仏両国の相互の文化交流の場「日仏会館」。日本経済近代化の礎を築いた渋沢栄一と、著名な詩人でもあった当時の駐日フランス大使ポール・クローデルらによって1924年に日比谷に設立され、その後御茶ノ水を経て1995年に恵比寿に移転し、現在に至ります。建築を手掛けたのは日本設計です。

後編では、日仏会館の常務理事である美術史学者の三浦篤さんにインタビュー。学生時代から日仏会館にゆかりがあったという三浦さんに、日仏会館の歴史をはじめ、フランス文化や恵比寿の魅力までさまざまな角度からお話を伺いました。
Text : Tomoya Kuga  Photo : Eri  Masuda  Edit & Design : BAUM LTD.
Text : Tomoya Kuga  Photo : Eri
Masuda  Edit & Design : BAUM LTD.
取材に応じてくれた日仏会館 常務理事の三浦篤さん

フランス文化の魅力を伝える多様なイベントを日仏会館から発信

日仏両国の文化や学術交流の場である日仏会館には、さまざまな分野の学問に関する27の関連学会連絡協議会が組織されています。これらの関連学会は、戦前にフランス政府給費留学生としてフランスに留学した学生たちが帰国後も交流や情報交換を続けるために同窓会組織として立ち上げたものでした。三浦さん自身もフランス政府給費留学生としてフランスに留学し、その後に関連学会のひとつである日仏美術学会に参加したのが日仏会館と関わるきっかけでした。

「日仏会館に通うようになったのは学生時代からで、現在の恵比寿ではなく御茶ノ水にあった頃でした。日仏美術学会の例会や総会に参加するため定期的に足を運んでいましたが、当時の日仏会館はル・コルビュジェの下で学んだ吉阪隆正が設計したモダニズム建築で、なかなかユニークなものだったと記憶しています。」

建物の老朽化に伴って1995年に御茶ノ水から恵比寿に移転してからも三浦さんと日仏会館の関係性は続き、「いつの間にか会館全体の学術委員に選ばれ、その後理事になり、常務理事の任に就いていた」と微笑みながら振り返ります。そんな三浦さんが日仏会館の中でも思い入れ深いと語るのは、館内に併設されていたフレンチレストラン「レスパス」です。

「日仏会館でシンポジウムなどを開催した後にレストランで懇親会を開き、登壇者や参加者の皆さんと親睦を深めていたのはとても楽しかった。この施設の中だけで完結していましたし、非常に充実感があり華やかでした」。両国の文化を社会に発信していくためのイベントを開いた後に、館内のレストランで食を楽しみながらコミュニケーションを取ることでより深くより活発な議論ができたと言います。レスパスは2019年3月に惜しまれながら閉店してしまいましたが、「今後もかつてのような交流の場を大事にしたい」と三浦さん。そんな言葉が出るのは、ご自身が日仏会館で開催されるイベントを数多く企画しているからです。そんな三浦さんがこれまで企画してきた中でも忘れがたいイベントとして挙げたのが、2015年に開催した「芸術照応の魅惑」です。これは美術、文学、建築、写真といった様々な文化と、各テーマや時代にちなんだ音楽を奏でるコンサートを掛け合わせるというイベントです。

「日本とフランスをつなぐ人物の代表格というと藤田嗣治やル・コルビュジェなどが真っ先に挙がりますが、『芸術照応の魅惑』ではそうした大物よりも一般的にはさほど名前を知られていない人々が日本に何をもたらしたのかを見ていき、埋もれた歴史を発掘したいという思いがありました。また、より幅広い方の興味を集めるために、取り上げる時代やテーマに関連した音楽を演奏するコンサートも実施しました。大学などアカデミックな場ではあまり行われないタイプのイベントですが、今でもシリーズ化して定期的に開催されています。」

2Fのギャラリーでは、日仏会館主催の各種展示会、講演会などを行っている。また貸ギャラリーとして、展覧会または多目的スペースとしても利用可能。

日仏会館で開催されるイベントは申込みさえすれば誰でも参加できるものです。また図書館も、図書の貸出には会員登録が必要ですが、入館や閲覧だけであれば一般の方も利用できます。

このように開かれたこの施設には研究者だけでなくフランス文化そのもののファンが足繁く通っています。フランスの芸術や料理に興味がある、旅行先としてのフランスが好き、フランス語を学びたいなど、さまざまな趣味趣向を持った人がこの場所を訪れます。フランスの何が彼ら彼女らを惹きつけるのでしょうか? 三浦さんの場合、大学でフランス語を学んだことがその後フランス美術を専攻するきっかけになったそうです。

「大学生になって第二外国語としてフランス語を選んだのですが、それは興味があったからというよりも、なんとなくかっこよさそうなイメージがあったから(笑)。ですが、語学を学んでいくうちにフランス文化にも親しむようになり、ついにはフランスの芸術や美術を専門にすることになりました。大学4年生の頃にヨーロッパに旅行してさまざまな美術館を巡ったのですが、ジュ・ド・ポーム国立美術館でエドゥアール・マネの絵をじっくりと見たことでマネを研究対象にすると決意しました。あの感動体験が私にとっての研究の原点です。」

「マネの絵画は、色使いにしても筆使いにしても非常に洗練された都会的なエレガンスさが詰まっています。一方で、そんな魅力を持ちながらもとても謎めいている。私は30年以上マネを研究し続けていますが、それでも『マネという画家はこういう存在である』と明確に言えないところがあるんです。そこも魅力であり、だからこそ研究し、読み解きたいと、惹かれているのでしょう。」

フランス文化を知ることは人生を豊かにすること

このようにフランスへの強い思いを持つ三浦さんですが、近年日本におけるフランス文化に対する興味が低調になっていると感じることがあるそうです。

「かつては日仏会館でイベントを開催すると非常に賑わっていたのですが、最近はかつてほどの盛り上がりはありません。客入りに関しては新型コロナウイルス感染症の影響が大きかったのですが、それを差し引いてもフランス文化に対する嗜好性が弱まっているように思うのです。フランスは個性や独創性が重要視される社会で、それがいい方向に作用することもありますが、ともするとエゴが強く出てしまうこともあります。たとえば日本人は間違った意見を発信するのを恐れがちですが、フランス人はそんなことは全然恐れずに言いたいことを言います。そんな両者がコミュニケーションを取っていると、『日本人は誰でも同じようなことを言う』『相当深く付き合わないと本音が出てこない』と感じるようになる。こちらからすると『フランス人はすぐに本音を言う』とも思いますが(笑)。」加えて、日本の若い世代の間でフランスを始めとした海外に出るモチベーションが下がっていることも懸念していると話します。

「私はこの3月まで東京大学で教鞭をとっていましたが、フランスに対する興味を持つ学生はまだまだいますが、なかなか研究対象にまではなりません。実際に現地に足を運び、身をもってフランス文化の魅力を感じられれば違うでしょうが、外に出ていかない傾向にあり、感性がドメスティックになっているように思うのです。日本にいれば快適に過ごせるのに、わざわざ海外に行って言葉の壁に悩まされたり、不便で不快な思いをしたりする必要はないわけですからね。困難を上回る憧れが持てれば動けるのでしょうが、そこまでのものを見出せていないので海外に行きたがらなくなっているのかもしれません。」

ただ、だからこそ日仏会館に足を運び、フランス文化を体験して欲しいとも願います。

「いろんな情報に触れ、多様な人々と交流し、刺激を受けて自分が持っているものを開花させることが、ひいては日本の国力を復活させることにもつながるでしょう。日仏会館ならば海外に行かずとも文化に触れられますし、世代問わず多様な人と交流できます。ときにはその分野の第一人者のような方とフラットに会話できることだってあります。私自身もそうでしたが、進路ややりたいことを決める際には自分の意思だけではなくて環境の影響も大きいですから、興味のあるイベントが開催される際にはぜひ足を運んで刺激を受けてもらいたいと思います。実際にフランス文化に触れてみて合う、合わないはあるでしょうが、『OUI、NON(はい、いいえ)』とどんなときも意見をはっきりと主張するフランス的な国民性は今の日本社会に必要かもしれませんよね。」

いきなり海外に出ていくことは難しくても、フランスを知り、世界に触れる行為を恵比寿という身近な場所で体験できることは、私たちにとって幸運と言えるかもしれません。それもあってか、三浦さんは「恵比寿にフランス的なものを感じなくもない」とも話します。

「恵比寿にはロブションがありますし、フランス大使館もそう遠くない場所にあります。恵比寿ガーデンプレイスには、東京都写真美術館など独特の文化を育む施設もあり、とても刺激に満ちた街だと思います。ふらっと恵比寿に来てフランス文化の片鱗に触れる。そんな生き方があってもいいですよね。」

最後に三浦さんは、これから日仏会館やフランス文化に触れようと考える人に対して次のようなメッセージを送りました。

「フランスを知ることは人生を豊かにします。日本とフランスは文化交流も盛んでとても近い国に思えるかもしれませんが、メンタリティや歴史を考えると真逆な部分も多くあります。私も長い間フランスと関わり続けていますが、親しみを抱く部分と距離感を感じる部分が混在しています。そういった数多くの違いがあるのにとても親密というところが日仏関係の魅力なのでしょう。」

***

今回、建築的な興味から訪問した日仏会館でしたが、定期的に興味深いイベントが開催されていることや、図書館の利用が可能なことなど、日仏会館の新たな楽しみ方や活用方法を知ることができました。三浦さんが話す通り、芸術、映画、建築、文学、写真、音楽、食、、、さまざまなフランス文化を知ることは、人生を豊かにすることだと改めて感じた取材となりました。先日開催された「日仏芸術交流の100年―建築、音楽、庭園、写真・映像(日仏会館創立百周年記念 日仏シンポジウム)」イベントでは、建築家の隈研吾さん、藤森照信さんらが登壇するなど、豪華な参加者にも驚きでした。設立100周年を迎える日仏会館だからこそ魅力的なイベントが来年も盛りだくさんの予定。恵比寿の丘の上のアカデミックなスポットにぜひ一度足を運んでみてください。

公益財団法人日仏会館
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿3-9-25
tel: 03-5424-1141(代表)

電話受付時間:土日祝祭日と昼休み(12:00~ 13:00)を除く平日10:00 ~ 16:00

図書室開館時間 :  13:00 ~ 18:00(火~土)

More