恵比寿Thinking Cap #4

自由な発想で遊び、感性や創造力を育む場づくりを目指して【後編】

August 10th,2023
4回目となるThinking Capでは、「子どもと遊びと恵比寿」をテーマに、恵比寿エリアで子どもに関わる取り組みをされている方々にお集まりいただきました。

Thinking Cap #1「公園を再定義する。街の結節点をつくる挑戦」でのお話にもあった「渋谷の遊び場を考える会」の代表の入江洋子さん、“こどもと食”をテーマに、あらゆる世代が集まり、寄り添う居場所「景丘の家」を運営するマザーディクショナリーの尾見紀佐子さんに、「恵比寿というまちで育つ子どもたちに必要な場所とは?」「現代の家庭が抱えている課題とは?」屋外、屋内、両方で子どもの居場所をつくられてきたお二人と、サッポロ不動産開発(株)の岩本拓磨さんを交え、三名で恵比寿の街を軸に、子どもがのびのびと創造的に過ごすことができる"場づくり”についてお話いただきました。前編、後編2回に分けてその内容をお届けします。
Text & Edit : Izumi Khono       Photo : Yuka Ikenoya(YUKAI)          Edit & Design : BAUM LTD. 
Text & Edit : Izumi Khono
Photo : Yuka Ikenoya(YUKAI)
Edit & Design : BAUM LTD.

現代社会に必要なのは、地域で子どもを育てるという意識。昔ながらの子育てに学ぶこと

現代の子どもたちは、とても忙しい毎日を過ごしていて、遊びもままならないように思います。尾見さん、入江さんは、そんな状況をどう感じていらっしゃるのでしょうか。

尾見 東京では中学受験のために、たくさんの子どもが小学校4年生から塾に行く時代です。その塾に追いつくために家庭教師をつけている、という家庭も少なくありません。子どもたちの様子を見ても、ストレスを抱えているのが見て取れる子どもたちも多く、心配になります。


自己形成する重要な時期に、勉強だけを刷り込むという訓練ばかりをするのはどうなのかなぁと思ったりします。ご家族で話し合って、いろんなことが平行してできていれば良いと思うのですが……。そんな子どもたちやお母様の手助けをしたいと、いつも感じています。

「景丘の家」を運営するマザーディクショナリーの尾見紀佐子さん

入江 私たちが子どもの頃って、本能的に自由な発想で遊ぶことをしていたと思うのですが、そんな子ども時代の自由な発想の遊びが、自分ってどんな人間なのか、どんな時にワクワクし、何をしたい人なのかに気付き、自らの主体性を育て、自らの生きる力となっていくのだと考えています。

「渋谷の遊び場を考える会」の代表の入江洋子さん
昨年10月にリニューアルオープンした恵比寿南一公園。

尾見 昔は、子どもたちも家の前でキャッチボールをして遊んでいましたよね。地域の人も入り乱れて関わっていたんですよ。それが、今ではそういうことも難しくなってしまいました。ボール遊びをしたら、隣のお宅に入ってしまうかもしれないから、って。あれもできない、これもできない、という状態です。

岩本  隣のお宅の窓ガラスを割ってしまったら……とか、心配してしまいますよね。

尾見  そうなんですよ。ボールが隣の家に入ったら、ピンポン押して、ごめんなさいって言おうとか、そういうことも学びじゃないですか。でも、今はそうした”学び”もすべて先に排除してしまっている。

入江 プレーパークに来ても、「何したらいいんですか?」「何ができますか?」と聞いてくる子どもも、そして保護者の方もいます。この前、近くのマンションのベランダにボールが入っちゃって、どうしよう、となったことがありました。「さぁ、どうする?」と子どもに聞くのですが、お母さんが、「私が行ってきます」とおっしゃるんです。「ここはやった本人が行かないと。お母さんは付き添って、後ろの方から見ていましょう」という事で、ボールを取りにいきました。別の場所での活動でボールで窓ガラスを割ったこともありました。そんなときも、「まず謝りに行こう」と子どもに声をかけます。

園内ではどろんこまみれになって思いっきり遊べる。服が汚れたら着替えの貸し出しも。

岩本 そういったすべてが成長過程で必要な経験になるんですよね。

入江 そういうことが積み重なった上で地域ができあがっているんです。ところが今の時代、地域で育まれることがほとんどない。でも、自分を見守ってくれている社会があるんだ、ということは知っておかないといけません。そのためにも、地域社会と繋がるきっかけとなる場所が必要なんです。その意味でも、恵比寿南一公園はサッポロ不動産開発が指定管理者になって、まちの“つながり”を育む新たな拠点であることで注目されています。

岩本  Park-PFI制度を活用したリニューアルでプレーパークを作ったこと、また、プレーリーダーが常駐しているという点も、珍しいと、東京だけではなく全国から見学に来ていただいています。

入江  Park-PFI制度のおかげで、これまでプレーパークに興味を持っていなかった層の方にも存在を伝えることができています。お父さんたちからも注目されるようになりました。

岩本  僕にも小学生と幼稚園児の子どもがいて、他県の都市部で子育てをしていますが、渋谷区は恵まれていると思います。僕自身、子育ては妻に任せっきりになってしまいがちですが、それでも休日は積極的に公園に行くなど、なるべく他者と関わる場面を作りたいなと日頃から思っています。また、いろいろなことにチャレンジさせたいと思っているので、こうしたプレーパークであったり、景丘の家であったり、いろいろな場所に行って親じゃない大人と関わるのは大事ですよね。

入江 防災の面でも、地域との関わりは重要なんです。よそのお母さんやプレーリーダーのお兄さんのサポートも子どもたちにとってはなくてはならないものです。

岩本 大人が地域と関わるきっかけも、実は子ども経由だったりします。地域との関わりがないと、大人自身もコミュニティを失ってしまう。子どもをきっかけに地域を知る、ということもあると思います。

「景丘の家」では、食、ものづくり、音楽など、さまざまなテーマのワークショップ開催。
幅広い世代が肩を並べて共に学び、共に交流する時間を過ごすことができる。

中学生・高校生の居場所作りも重要。大人との関わりが将来の道しるべに

小学生にはこうして居場所が提供されていますが、中学生以上になるとどうなのでしょうか?

入江 はるプレ(渋⾕はるのおがわプレーパーク)も、中高校生が参加できる時間帯の企画を去年スタートさせたんです。やはり、小学生と中学生では違うことも多いので。

尾見 代官山ティーンズクリエイティブの対象は中高大学生まで含むのですが、その面白さもあります。見た目は大きくても、中身はまだまだ子どもで、悩んでいることは昔の私たちと全然変わらなくて。やりたいことも見つからないという子どももたくさんいます。

世の中で、中高生の居場所が足りない、社会と交わる場所がない、ということは、多くの自治体も気付いて、いろんな方が活動をしていらっしゃいます。でも、どう育てていけばいいのかは難しい、とみなさんおっしゃいます。

ただ場所があれば良いわけではないんですよね。どういう人が関わって、共有するかという中身が必要なんです。代官山ティーンズクリエイティブのコンセプトは、面白い大人に出会える場所。そして多様な大人に出会う場所。中高校生の時期に、こんな仕事があるんだ、こんな生き方があるんだということや多様な価値観に触れることは、子どもたちにとって大きなプラスになると信じています。

入江  今のお母さんたちは、子育てにいくら必要とか、塾に行かせないと、体操教室行かないと、とか、そういった知識情報は豊富だけど、お金なんかかけなくても地域が子どもを育ててくれることを知ってほしいです。

岩本 確かに、毎日このどろんこ山で遊んでいれば月謝を払って体操教室に通う必要はなさそうですね(笑)。

尾見  デンマークを例に取ると……大学まで無償なんですよね。そして、大学に入学する前までに何回もギャップイヤーがあって、子どもたちはその間に自分がやりたいことを模索したり、体験したりしている。国としては、国のために勉強してくれている、と捉えてくれているのが特徴です。

一方、日本では、収入の差が学力の差につながっていく。どれだけ投資できるかをみんな気にするんです。学びに対して、こんなにも差があるんですよね。これでは日本は豊かになれないと思います。

恵比寿=「子どもが自由に遊べる街」に

今の子どもたち、親にとって必要なことはなんでしょうか。

入江  フラッと入ることができて、様々な情報が簡単に入手できる場所が必要だと思います。恵比寿南一公園はそういう場所になっていかなければと考えています。

岩本 環境さえ整っていれば、子どもは自由に来ることができます。しかし親は、なかなか柔軟に考えられないので、親のこともサポートしないといけないと思っています。

尾見 お母さんの考えを変えるのは簡単ではありません。でも、お母さんが笑顔でいることこそ、子どもにとって最高のギフトなんです。

子どもが起こした問題について「親の育て方のせい」などと言われがちですが、そうとは限りません。子どもはみんなで育てるべきなんです。

入江 ここに遊びにきている子どもたちは、地域が育てています。私たちは、ただ、見守るだけで十分なのです。そういう意味では、恵比寿には年配の方の一人暮らしも多いので、そういった方にもっと公園に来てもらえると、ベンチに座って見守っていてくれるだけで安心感が増しますし、世代間の交流ができたらもっと豊かな街になると思います。

「景丘の家」でのワークショップの様子

岩本 恵比寿はいわゆる都心部に位置し、一見閉鎖されているようなイメージを持たれがちですが、尾見さんや入江さんのような活動がもっと広がることによって、恵比寿ってこんないい街なんだということが伝われば良いと思っています。

入江 恵比寿って、お洒落とか、洗練されているとか言われていますが、「子どもが自由に遊べる街」というイメージがもっと広がっていけば良いと願っています。実は、私たちの目標は、プレーパークがあっちこっちにできることではないんですよ。子どもから自由に遊べる空間を奪ってしまったためにプレーパークをつくっているんです。プレーパークがなくても、みんながイキイキと暮らしていける街が実現できたらと思っています。

尾見 都会での子育てって、いろいろ悩みますよね。すべてが親の選択次第だから。どこの保育園や幼稚園に入れる? から始まって、習い事や受験のことなど次々と悩みが増えます。それなのに、得られる情報は意外と限定されているんですよね。こんな情報社会なのに。近所の方と気軽に情報交換ができたり、ちょっと悩みを相談できたりするだけでストレス解消になりますし、お母さんたちにはもっと子育てを楽しんでもらいたいと思います。

入江  そうですね。これまでバラバラに来ていた親子がつながっていかれる企画も考えています。これから地域ともつながっていくような事とかいろいろやっていきたいですね。

恵比寿ガーデンプレイスなどを運営するサッポロ不動産開発(株)の岩本拓磨さん

岩本 僕たちも、恵比寿をよりいい街にしていきたいという想いは社員みんなが共通していることです。サッポログループとしてはそれが使命だと思っています。街は新陳代謝していきます。そんな中で、子育てしている人たちがキーになることは間違いありません。尾見さんや入江さんたちのような方がいることが重要で、また、尾見さんや入江さんに続く方々がもっと増えたら良いなと感じています。

入江 ここが常駐プレーパークになったおかげで、今まで共に活動してきた運営の人達が新しくきた方にどんどん説明してくれるんです。きっとこの場所の魅力を語りたくなっているんだと思います。大人たちが、みんなで一緒に子育てしよう、と考えられているのが嬉しいですね。同じ想いを抱えている方は、恵比寿の街にもたくさんいると思います。

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子育てや教育に関する情報は日々SNSなどで洪水のように流れてきますが、その情報に溺れて頭を悩ませたり、ストレスを抱えている親は昔に比べて増えていると言います。また、今回の座談会では、所得格差による貧困の問題なども話題に上がりました。ひとり親世帯も増え続けている現代において、誰もができることの一歩として、「こんにちは」と近隣の方に声をかけることや、「景丘の家」でも開催されているフードパントリーといった食糧支援をすることなどが挙げられました。

地域のみんなで、助け合うこと、寄り添うこと、それは恵比寿に限らず、どんな街においても子どもが安心して過ごすことができるために大切なこと。入江さんや尾見さんがつくられてきた「景丘の家」や恵比寿南一公園のプレイパークで遊び、育った子どもたちは、これからの恵比寿という街をどんな目線で見るのでしょうか?「ひらく庭」は、豊かな街づくりのヒントが隠されたこの二つ場所を、今後も注目し続けていきたいと思います。

自由な発想で遊び、感性や創造力を育む場づくりを目指して【前編】はこちらから

Profile
入江洋子
一般社団法人「渋谷の遊び場を考える会」代表。長野県出身。都会での子育てに不安を抱き、子どもの幼児期に長野へ親子で移住し「子どもの森幼児教室」に関わる。渋谷に戻り自主保育「原宿おひさまの会」に出会い入会。2022年7月の一般社団法人「渋谷の遊び場を考える会」設立と同時に代表理事に就任。
尾見紀佐子
株式会社マザーディクショナリー代表。「かぞくのアトリエ」をはじめ、「代官山ティーンズ・クリエイティブ」「景丘の家」など渋谷区の施設を運営。アート系イベントのプロデュースや、料理家のマネジメントなどでも活躍。
岩本拓磨
サッポロ不動産開発株式会社 恵比寿事業本部 AM統括部 エリアリレーション部所属。2007年サッポロビール㈱入社。2011年よりサッポロ不動産開発㈱に出向し、恵比寿ガーデンプレイス、サッポロファクトリーの運営を経て、2018年より東急㈱に出向し渋谷エリアのまちづくりを担当。2021年よりサッポロ不動産開発㈱に復職し、恵比寿エリアのまちづくりを担当。
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